1992年の「精神薄弱」用語問題

URI http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hirokoku-u/metadata/12487
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タイトル
1992年の「精神薄弱」用語問題
別タイトル
議論の端緒・伊藤隆二(1990)「『障害児』から『啓発児』へー今まさに転回のときー」を中心に
Argument About the Terminology Problem of "Mental Deficiency" in 1992.
著者
氏名 鶴田 一郎
ヨミ ツルタ イチロウ
別名 Ichiro TSURUTA
抄録

知的ハンディキャップを持つ人を、どう呼称するかは、現在に至るまで議論が途絶とだえることが無い。それは、どのような「用語」を用いても変わらない。本研究では、筆者の師である伊藤いとう隆りゅう二じ教授が提唱している「『障害児』から『啓発児』へ」の思想を研究の出発点とする。近江おうみ学園の創立者・糸賀いとが一雄かずお氏は「この子らを世の光に」と言われたが、伊藤教授は、それを更さらに進めて「この子らは世の光なり」と主張される。なぜ「この子らは世の光なり」なのか、また、なぜ「障害児」ではなく「啓発児」なのか、ということを本研究は解とき明あかしたい。その際、1992年に特に集中した「精神せいしん薄弱はくじゃく」用語問題に関する議論を中心に考察を進めるのだが、今回は、まず、その契機となった論文・伊藤隆二(1990)「『障害児』から『啓発児』へ─今まさに転回のとき─」に焦点を当てて検討した。その結果、知的ハンディキャップのある「この子ら」は、その「弱さ」ゆえに神に選ばれた存在であり、その「弱さ」ゆえに神の光を、そのまま受け容いれ、自らが「世の光」となる。「この子ら」の光を身に受けた眼の前が曇っていた「強者」の内、目覚めざめた者は、己おのれの至いたらなさを自覚し、正しくものを見ることに覚醒し、自みずから低きに視点を移して正しく生きるようになる。そのような人が一人でも増える社会が達成されれば、「この子ら」は「障害児」ではなく「啓発児」と呼ばれるのが相応ふさわしいということになるのであることが明白になった。

掲載雑誌名
広島国際大学 教職教室 教育論叢
11
開始ページ
3
終了ページ
18
出版年月日
2019-12-20
出版者
広島国際大学 教職教室
ISSN
1884-9482
本文言語
日本語
資料タイプ
紀要論文
著者版フラグ
出版社版
ソートキー
002
区分
hirokoku-u